Reminiscence -Beyond the winter-


phase-1

いつも、人は過去に左右され、囚われる。
苦い過去、辛い過去、切ない過去。
そういった過去と決別できる時も来るが、大抵は引き摺る。
決別が、できない。
様々な努力をして、足掻く。
そして知る。
足掻いても、逃れられない過去があると。
過去を、リセットはできない。

人は嘘を吐く。
様々な理由で、知られたくない人達にその過去を隠す。
時には自分すら欺いて。

その人を思っての嘘。裏切るための嘘。自分を騙すための嘘。
嘘のたびに傷は広がる。
その傷を癒すのに、何が必要なのか。
答えは、無い。

人を、自分を欺き続けたその先に、何があるのか。
何を見出せるのか。
目に見えない不確かなものをその手で掴んでは、消えていく。
自分すらも欺く者の手に残るものとは、一体なんだろうか。






真夏日の午後。太陽に照り付けられた地面がゆらゆらと不快な熱を放っていた。
汗が額から流れ落ちる。暑さだけではない汗で集中力も乱れる。

―――クソ、なんで・・・!どうして・・・!

胸の内で忌々しく舌打ちする。
吸い込む空気も熱くて口の中と喉が異様に乾く。
心臓が激しく脈打ち、全身に血が駆け巡る。


「人質を放せ!」
「もう逃げられんぞ!」
「これ以上罪を重ねるな!」

そんな月並みな怒号が辺りに響く。
周りを数人の警官に囲まれたその男は恐怖に顔を歪ませ、壁を背に人質を抱えて叫ぶ。

「うるせぇ!どけ!どけよ!!こいつがどうなってもいいのか!?」

人質にされている男は頭に銃を着きつけられつつ、相手をなるべく刺激しないようチャンスを待った。
どうすれば誰も傷付けずに事態を収拾できるか。
自分だけではない、この場に居合わせた人々全員の身が危険に晒されている。

「ヤクと車持って来い!て、手前等全員ブチ殺してやる!お前も、お前も、そこのお前もだああ!!!」

追い詰められた男は手元の銃をそこら中に乱射し始めたが、どれもこれも明後日の方角に向かって銃弾が飛んでいき、路上駐車している車やショーウィンドウのガラスを割る。
悲鳴を挙げて逃げ惑う人々。
周りの民間人は既に避難は未だ済んでいない。応援の数が圧倒的に足りない。
状況の何もかもが最悪だった。


緊張感をよそに、蝉の声が煩い。
パニックに陥った民間人の悲鳴もそこら中で聞こえる。
本来ならば守らねばならない対象であったが、今の彼にとっては全てが騒音でしかなかった。

―――黙ってろ畜生、煩い!黙ってろ!

いつもは気にならない些細な事も集中力を欠く原因になっていた。


―――・・・限界だ。

彼の様子を見ていた人質になっている男は判断した。

「撃て!タカヤマ!!構わず撃て!!」

目の前で自分等に銃を構えている青年に男は叫んだ。
タカヤマ、と呼ばれた青年は構えていた銃をもう一度握り直す。
暑さではない汗が全身を伝う。
手汗と震えで照準が合わない。
極度の緊張で呼吸も乱れ、手が震える。

「金森さん・・・できません!オレには・・・・・・!!」

撃て、と言われてもどうしたらいいか解らない。
彼自身もパニックに陥っていた。今になって銃の撃ち方すら解らなくなってくる。
どうすればいい。どうしたらいい。頭の中で必死に自問するが何も考えられない。
1分が1時間、2時間、いや、永遠にも感じる。


無理もない。
目の前の青年の姿を見て金森と呼ばれた男は思う。
彼はまだ刑事になって半年にも満たない。こんな状況で判断しろと言われたってできるわけがない。
増してや練習用の的以外撃ったことが無い。
人間を撃つなんてそう簡単にできるものではない。
しかも人質がいる。一歩間違えば・・・。

チャンスは、自分が作ってやるしか無いだろう。
長引けば長引くだけ危険は増す。
そんな事を余所に自分に銃を突きつけている男はひたすらヒステリックに叫び続けている。

極度の緊張が続く。金森はチラッと足元を見た。
危険なのは十分承知の上だったが、これ以上市民を危険に巻き込むわけにもいかない。
そして目の前の、大事な後輩にも。


一瞬の隙を突き、金森は自分を盾にしていた男のつま先を思い切り踵で踏ん付けた。
不意の激痛にぎゃあ、と叫び拘束が緩む。
自由になった右肘を思い切り鳩尾に叩き込んだ。

「今だ、タカヤマ!!!撃てーーー!!!」