Seasons of change


phase-1

―――――奇跡は、起きない。
こんな職業に就いていると、悲しい現実をいくつも見せ付けられる。
人間の妄執・醜悪・欺瞞・自己顕示・・・・いくつもの醜い感情。
涙を流し、もうしないと誓った人間が、また同じ過ちを繰り返す。
信じたいと思う。けれども簡単に打ち壊されてしまう現実。

犯罪に巻き込まれ、心に負った傷も、簡単には癒えない。
自分たちにできる事は少ない。
例え犯人を逮捕しても、そして例え死刑になったとしてもその傷が癒える事はない。
その人たちが苦しむ姿を見ている事しかできない。

救いたい。間違いを犯した人も、傷付いた人も。
けれどもそんな思いはいつも徒労に終わる。
どんなに自分達が足掻いてもいつも徒労に終わる事ばかりだ。

解っていても、願う。奇跡が起きる事を。
その思いは、きっと自分だけではない。
そう信じたい。






残暑も過ぎ気候も穏やかになってきた。
時折海からの潮風も少々冷たく感じるようになった10月。
街の木々も徐々に色が褪せていき、また別の表情を表そうと準備をしている頃。

「ここが港署、か」

神奈川県警港警察署の前に現れた男はそう呟いた。
平均的な日本人の身長。少し日に焼けた肌。飄々としているが少々近付き難い雰囲気。
ティノラスのグレーストライプのスーツに身を包み、サングラス着用。
一見その筋の人にも見えないこともない。
ポケットに手を入れ、男はサングラス越しに建物を見上げた。

外観は古くない。見た目は極普通の警察署に見える。
周辺は割合とこざっぱりとしているが、すぐ近くには観光スポットも沢山ある。
ざっと見た感じではかなり洒落た街ではあったが、少し裏に入れば如何わしい店や人物がうじゃうじゃといた。
観光地にありがちな表と裏が入り混じる街だが、何と言ってもあの広域指定暴力団、銀星会の総本部である銀星興業があるのだ。
表向きは一見平和そうに見えるが事前に流し読みした資料では犯罪発生率は他署管内に比べると大分多い。
今でも忙しそうに署員が出入りしている。

―――楽しそうかも

真面目に勤務している、これから同僚になる警察官達にそんな事を言ったら不謹慎だ、と言われかねない。
しかし予感はあった。
新しい地で、新しい勤務先。
ここには、何かある。

―――少なくとも、退屈はしないだろうね

ニッと笑ってそう思い、サングラスを外し胸ポケットへ放り込むと潮風を纏って署内へと、まるでステップを踏むような歩みを進めていった。