fact of life


phase-1

人生と言うのは、いつでも選択の連続
ゲームと違ってリセットボタンはない
選んでしまえば二度と引き返す事は不可能
霞がかかったような、先の見えない分かれ道ばかり
導いてくれる光も、足元を照らす光もない
そんな道の選択を容赦なく迫られる
いくつも現れる度に選び、その道を進む
どれが正しい道なのか、そんな事は誰にも解らない
ただ後悔はしたくない
どんなに悪い結果が出たとしても
自分自身の選択に後悔はしたくない
厳しい現実を突き付けられたとしても






「ほっ本日よりお世話になりますっ!ま、町田透れす!よろしくお願いしますぅっ!!」

ガチガチの緊張のあまりどもった上に噛んでしまった。
肝心要の最初の挨拶にミスった事も気付かずに研修を終えて着任した町田透は、まるで立位体前屈が如く礼をした。
気合だけが空回りしてそうで少々危なっかしいところもありそうだが、制服警官からこの若さで刑事になったのだ。
緊張もするだろうし気合も入るだろう。
刑事ならば誰もが経験する緊張の初日に懐かしさを覚えつつも、不安も感じていた。




透の着任3日前の事だった。
港南銀行関内支店で発生した強盗殺人事件が事の発端。
受付の行員1名と支店長を射殺し120万円の現金を奪って犯人は逃走。
防犯カメラと使用された銃から犯人は「元宮 宗次」44歳と判明した。神竜会系のヤクザでギャンブルで膨れ上がった借金のために犯行に及んだという。
他にも女性関係でもトラブルがあり、交際のあった女性はこの犯行の前日に既に殺され、海に捨てられていた。
この強盗殺人事件後にすぐに緊急配備をしたが検問を突破するのに警察官が元宮の運転する逃走車に巻き込まれて重傷。
幸い命に別状は無かったものの、危険と判断した警官が避難しようとしたところを執拗に追いかけたという。

だが凶行はこれだけに収まらなかった。
閑静な住宅街へ押し入りここでもまた、強盗殺人を2件も起こした。
たった1日、いや交際していた女性の件も含めて2日間で死者5名、重傷者3名というとんでもない事態に市民は恐れ戦き震えあがり、本部も射殺も止む無しという結論に至った。
このため港署だけでなく県警本部や近隣署でも捜査が行われている。

現在未だ逃走中ということもあり、新聞や各テレビ局のニュースではこの話題が常にトップで報道されている。
もちろん透もその事件を知っていたのだろう。だからこその余計に緊張して刑事部屋に来た。
歩く姿はギクシャクもいいところで左右の手足が同時に出ていてあまりにも滑稽だったので緊張感が漂う刑事部屋に少し軽い空気が流れる。
が、こんな緊急時に着任とは、と課員達は頭を悩ませていた。
敏樹と勇次はじめ捜査課員一同まさかこんな時期に着任とはご愁傷様、と思っていたが2人にとってもこれは他人事では無かった。

「鷹山大下、お前達2人が当面教育係として町田のサポートをするように」
「お断りしますっ!!」
「無理ですっ!!」

こんな時期じゃなくても新人の教育なんぞ真っ平御免と思っていただけに2人して思わず同時に声をあげてしまった。

「無理ですよ課長!オレ達に教育係なんてそんなの・・・」
「め・い・れ・い・だっ!」

勇次が抗議したがきっぱり言われて取りつく島も無い。
敏樹は無言で額に手を当てて「頭が痛い」とジェスチャーをしていた。
足手纏いだ、と思っている所に未だガチガチに緊張した透がやってきて

「よよよ、よろしゅくお願いしますっ!」

再びガチガチの緊張に加えて挨拶も噛みつつ深々と礼をされ、2人の逃走ルートは完全に無くなってしまった。
いつもなら適当にあしらって外へ出るが、こんな非常事態にフラフラされても困るし、何かあってからでは遅い。
仕方なく透を連れて署を出た。

だが正直なところ、この事態に透の教育などしている暇など無い。
とにかくどういう形であれ元宮の身柄を押さえることが最重要事項であった。
これ以上被害者を増やしてはならない。敏樹と勇次だけではない、捜査員全員の意思だった。
もちろん透もその1人としてその意気込みでいた。
しかし・・・。

「刑事になって最初の事件がこんなに大きいものだと、緊張しますっ!」

移動中の覆車の中で気合十分な面持ちでそういうが、明らかに空回りしているその姿にため息しか出なかった。
装備も知識も一応のところは一人前ではあるが、実戦経験は皆無。さらにこれから挑もうとする相手は射殺も止む無しと判断された凶悪犯。
2人にも否応なしに別の意味の緊張感が圧し掛かった。

「町田は元々警邏に居たんだろ?ならオレ達の話くらいある程度知ってるんじゃないのか?」

勇次が気分転換にと声を掛けると、透はハイッ!と元気よく返事した。

「鷹山さんは弾丸使用量が県警一のトリガーハッピー、大下さんは暴力行為県警一のデストロイヤー。始末書の数はほぼ同数と聞いてます」

それを聞いた思わず2人の目付きが悪くなった。
事実だが散々な言われ様。純粋な性格なのかもしれないが少しはオブラートに包む程度しろ、とも思う。

こんな調子でこんな事件、やっていけるのかと不安を抱きつつも勇次の運転するレパードはとある目的の為、繁華街へと向かって行った。