Feel it together


「タ〜カ〜、暇なんだけど」

欠伸を噛み殺してうんざり、とした表情の勇次が助手席にいる相棒に声を掛けた。

「仕方ないだろ、動かないんだから」

少しだけリクライニングさせたシートで両手を胸の上で組んで、同じくうんざりとした表情で敏樹が答えた。

平和な連休の最終日、小田原まで出張した帰りに小田原厚木道路の上り線で見事渋滞にハマってしまった。
あともう少しで東名厚木I.Cというところだったが、複数の車両による事故で両車線共に通行止め。
出口はこの先の終点の厚木のみ。
手前の伊勢原出口はほんの800m手前だったがここで逆走する訳にはいかない。
事故渋滞していると解ればさっさと降りていたものの、伊勢原出口を過ぎた瞬間に前方の車のハザードランプに気付いた。
まだ事故は起きたばかり。
幸いにして死者無し軽傷者のみとの事だが完全に両車線を塞ぐ形で動けないという。
緊急車両ということで路側帯等を走る事も可能だが、急いで帰らなければいけないという訳ではない。
既に成すべき事は済んでいた為、緊急走行をするわけにもいかない。
近藤に連絡もしたが、急いで戻る必要性も無いとの事でこうして一般車両に混じって通行止め解除を待つばかりであった。
時間は既に16時。
余裕を持って出たハズだったが見事にラッシュに当たってしまった。

小田原厚木道路と並走している国道271号線を見ると何事もなく車が行き来している事がまたどうしようもなく腹が立つ。
お互い話すネタもなく、無言のままでいるのもどうかと思いラジオをつけるが、リスナーから届くメールやファックス内容は連休中に何処其処へ遊びに行っただのなんだのとの報告ばかり。
反対にこちらは仕事に追われて残業当たり前、観光地でもある小田原に出張したところで箱根で温泉に浸かる訳でも無くトンボ返り。
挙句この渋滞で何もすることが無い。
今回の出張で事件に一段落着いたので今日は定時で帰ってゆっくり休みたいと思っていたが、この様子では定時に帰るのはほぼ絶望的だった。
ラジオの渋滞情報でもこの先東名も、降りて国道246号線経由で戻るにしても要所要所で渋滞が発生しているようだ。
ピンポイントに帰る方向に渋滞が続いているので余計にうんざり、と言ったところだった。
いっそこのラジオの発信元に電波に乗って帰れないだろうか、と思ってしまう。
みなとみらいまで行けば署はすぐそこだ。
だがそんな事が出来るわけがない。
事故処理が続くであろう前方を見据えてついにはエンジンを切った。
ここでアイドリングをしていてもガソリンの無駄である。

「タカ、しりとりしようぜしりとり!!」
「・・・何を唐突に」
「暇だから」
「却下。面倒くさい」

バッサリと断られてしまったが、その言葉に少し眠気が含まれている。

―――無理もないかー

世間一般では連休と言われたこの3日間、敏樹は殆ど寝ていなかった。
1日目は暴力団同士の抗争・・・といっても血の気の多いチンピラが街中でいざこざを起してその後始末。
ついでにその組本部まで乗り込んで組長に会って抗争するなら下っ端にやらせずにお前が行けと無理難題を押し付けてそれこそ無理矢理終結させた。
2日目は2日目でやはり下っ端による抗争続きでついには一般市民に被害が出た。
そして今日、その犯人が小田原まで逃げたという情報を元に地元警察に協力を依頼して捜査をしたが犯人は県をまたいで静岡で別件逮捕されたという。
使われた拳銃に前科があったため明日は両組事務所のガサ入れを早朝からする。
その間はもう他の刑事に任せて少しでも眠っておきたいところだろう。
勇次は昨日一日「自主的に仮眠」をしていたためにちょっと眠い程度で済んでいたが隣の元々無口な相棒は疲れ切っていた。

「・・・ユウジ」
「なんだ?」
「・・・眠い。10分でいいから寝かせてくれ・・・」

返事を待たずに既に夢の世界へと旅立ってしまったようだ。
その様子を見て自然とため息が漏れたが、致し方の無い事。
小さな寝息を立てている相棒を気遣いラジオの音量を下げた。

それにしても暇である。
慣れない土地で歩き回った上にこの渋滞はひとたまりもない。
今日何本目かも忘れてしまった煙草に火を付け、ほんの少しだけウィンドウを下げて紫煙を逃がす。

―――働き過ぎだよなぁオレ達って

ハンドルにもたれかかる様にして辺りを見回す。
周りはファミリーカーだらけ。
子供達は同じく渋滞で暇を持て余して眠ってしまっている上に助手席の奥さんらしき女性も寝ている。
後はやはり行楽地帰りの若い男女。どうも後ろの車のカップルは渋滞で助手席の女の子がキレているらしい。
2人共不機嫌そうな顔をしているのを見て勇次は苦笑いした。

そんな車の後ろに沈みゆく太陽と、影になった富士山が大きく見える。
ここの区間は妙に開けていて遮蔽物がない。
箱根の山々の向こうにくっきりと富士山を見る事ができる。
昔はあの山を見て育った。身近すぎてそれほど気にもならなかったが、離れて暮らしていると少し懐かしい気持ちになる。
「数年中に噴火の可能性」という記事が何度も出たが、未だ自分が生まれてからは噴火した記憶は無い。
変わらずの姿で堂々とそこに佇むようにあった。

―――兄さんが警察官だなんて、世も末ね
―――あんなに悪い事してたのによくなれたね
―――警察官なんてしてると、結婚もできないじゃない

兄弟達には好き勝手言われたのを思い出した。
最初は少しムキになって反論していたりもしたが、段々面倒になってきたから聞き流すことにした。
彼等も彼等で好き勝手やっているのだ。文句を言われる筋合いはない。
といっても両親も無く自立してやっていっているのだからそこは喜ぶべきなのだろうか。
トワイライトタイムのせいか、何となく昔を思い出しノスタルジーな気分に浸る。
両親に先立たれて兄弟の世話に追われ、荒れていた時期もあった。
悪い友達も沢山増えて徒党を組むようになるまでにそう時間はかからなかった。
親戚の大人達の冷たい目線が突き刺さる中、暴走が止まらない。
誰かに気付いて欲しかった。行き場のない辛さや苦しさ、そして寂しさ。
それが自分の心をさらに追い詰める事になっても、止まれなかった。

そんな事を思い出していて思わず苦笑いした。

―――ガキだったなぁ・・・

今ではその一言しかない。そんな時代があったからこそ、必要以上に自分よりも若い人間にはつい甘くなってしまう。
若さゆえの過ちをどうにかしていい方向に導いてやりたい、そう思う事が多々ある。
あの頃の自分を重ね合わせて。

相棒はそんな自分の考え方が最大の短所であり長所でもある、という。

―――どっちなんだよわっけ解んねーよ

思わず胸の内で呟いてすぐ横で小さな寝息を立てている相棒を見て毒づいた。

未だ車が動く気配は、無い。
再び煙草を取り出したその時だった。

『緊急指令緊急指令、山下町で発砲事件発生・・・』

「お!また来たぞタカ!!起きろ!!事件事件!!」
「・・・んー・・・面倒臭えなぁ・・・明日まで待ってろっての・・・」

そう言って怠そうに起き上がって先程の勇次のように欠伸を噛み殺した。

「よっしゃ、大義名分できた!タカ!ランプ出せランプ!30分でハマに着いたる!!」

ハイハイ、と嬉しそうな勇次を見て苦笑しながらパトランプを取り出した。

「でもユウジ、ここ路側帯ないぞ」
「あ・・・ホントだ・・・・・・ええい面倒臭ぇ!一般車両かき分けていくぞ!ほらタカ!しっかり起きてアシストしろ!」
「オーケーオーケー、任せとけー」

寝起きで何とも気の無い返事だったが一般車両を脇に寄せさせ緊急走行モードに入ると、一気に眠気も飛ぶ。

「ちったぁ休ませろっての・・・」

敏樹がまだ少し眠い様子でボヤくが、そんな事をいいつつもしっかりと銃のマガジンを確認している。
やる気は十分なようだ。

「あぶねぇヤツだな、言動がまるっきり逆じゃねーか」
「そういうお前もさっきまで黄昏てたのにすっかりやる気出たな」

思わずドキッとして恐る恐る助手席に目をやると、意地悪そうに笑っている敏樹の顔が見えた。

「何で知ってるんだよ!」
「あらま、図星だったのぉユウジくん」

すっかり鎌掛けに引っかかってしまった自分が悔しくてギギギーっと歯ぎしりをする。
こうしていつも考えている事は見透かされているような気がするが、なんだかんだと自分も相棒の考えを見透かす時もある。

「ホレ、運転集中しろって。あの車まだ気付いてないぞ」
「どかせるのはタカの役目だろぉ!」

現場到着前だというのに車内は騒がしい。
こりゃ下手すりゃ帰れないな、2人共そう思いながらも楽しそうに現場へと向かう。

退屈の無い街へと。