The glamorous life


そこがどこだか覚えていない。
落ち着いていて静かな、洒落たバーだった。
店内に流れるJAZZも心地良く雰囲気を演出する。

カウンターで静かにグラスを傾ける女性が1人。
黒いロングヘアのその女性は妙に魅力的に見えた。

「隣、空いてる?」

グラスを片手に声を掛けると、彼女は無言のまま微笑んだ。
ロングヘアに口元以外が隠れてしまっているが、何故か惹かれてしまう何かがある。
紅いルージュもまた、彼女の魅力を引き立てる。

「誰かと待ち合わせ?」
「待ち合わせなら、ここに空席は無いわ」
「それもそうだね」

そう言ってバーテンダーに「いつもの」を注文する。
「いつもの」が何かも解らずに。

「いつものでいいの?」

彼女が少し不思議そうに聞くが、こちらもニッコリ笑って「もちろん」と答えた。
だが何となく違和感を感じる。
彼女に対しても、「いつもの」に対しても。

「キミとは何処かで会った事、あったかな?」

平静を装い尋ねるが、彼女は無言のまま、また微笑む。

「・・・そうね。貴方とはよく会っているわよ。いろんなところで」

そう言われたが何処で出会ったのか解らない。

「貴方の事も、よく知っているわ」

再び彼女は微笑んだ。だが自分は彼女の事を全く知らない。
ほんの少し過る、警戒心。
そんな気持ちを見透かすように、彼女はグラスを置いた。
何かに引き込まれる様に彼女から目が離せない。

「私ね・・・・」

カラン、とグラスの氷が音を立てる。
危険な香りが、した。
同時にいつの間にかバーテンダーが「いつもの」を持ってきてくれていた。
が、それはグラスでも何でもなかった。
一枚の紙とボールペン。
何かがおかしい。

先程まで聞こえていたJAZZは消え、何か電子音が聞こえる。

「酒臭い男って嫌いなのよね〜!」

ロングヘアをバサッとかきあげると、そこに居たのは・・・

「か、カオル!?」

あまりの展開に慌てて椅子から立ち上がる。
相変わらず響き渡る電子音。もう何がなんだかわからない。
さらにバーテンダーがカウンターをバンッと叩く。

「鷹山!!さっさと始末書を提出せんか!!」
「か、課長!?」

何故ここに!と思うが頭が働かない。
それ以上に先程から電子音が煩くて仕方がない。

「何が・・・どうなってるんだ!」



唸りながら重い目を開くと、いつもの風景が見える。
やかましく時刻を告げるアラームを何とか止めて起き上がろうとするが妙に頭が重い。
というよりも酒臭い。

「・・・・最悪だ・・・・」

夢見も最悪、起きても最悪。一言で全て済ませられる。
珍しく深酒をしてしまい、着替えもせずにそのまま寝てしまったらしい。
シャツもスラックスも皺だらけになってしまった。
時刻は7時。今からシャワーを浴びて出勤しても十分に間に合う。
朝食は・・・食欲が無い。完全に二日酔いだった。
このまま出勤しても仕事にならない。
とにかく喉も酷く乾いているので水と胃薬を・・・と思いリビングの戸を開ける。

「・・・・最悪だ・・・・」

再びそう呟いた。
ソファに相棒が酒瓶抱えて幸せそうに眠っているのを見て軽い眩暈を覚えた。
相棒も今日は非番ではない。
というより何故彼がここに居るのかが全く思い出せない。

「おいユウジ、起きろー。朝だぞー」

抱きかかえていた酒瓶を取り上げて肩を揺さぶるが全く反応無しで気持ちよさそうに寝ている。
取り上げた酒瓶を見て、また溜息。
先日買ったばかりのメーカーズマーク キーランドが空になっていた。
恐らくは彼1人で飲んだわけではないだろうが、飲んだ事自体覚えていない。

―――も、勿体ない事をした・・・

公務員の安月給でちょっと値の張る酒をゆっくり味わうのが楽しみだっただけに、空になるまで飲んでしまったという事実があまりに衝撃的だった。
思わず不機嫌になってしまい、起こし方も乱暴になった。

「ほらユウジ、さっさと起きないと遅刻すんぞ!」

ガクガクと揺さ振るとようやく薄目を開けた。

「おーぅタカァー。昨夜はごちそうさん〜」

どうやら飲んだ、ということは記憶にあるらしい。
それが何だか癪に障る。

「起きて・・・家に戻って着替えてこいって・・・うわ、お前もすげぇ酒くせぇ・・・」

思わず顔をしかめてしまったが、勇次はまだまだ酔いも覚めていないらしくのほほんとしていた。

「いやぁ〜珍しくタカが上機嫌でガッパガッパ酒飲んでたからさぁ〜、つられちゃった」

どうやら珍しく相当飲んだらしい。いつもは何があるか解らないのでほろ酔い程度にしているのにここまで飲んでしまった自分が情けなくて違う意味での頭痛が止まらない。

「・・・ああ、もういいや・・・」

深いため息を吐いて救急箱から胃薬と冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターと出してそれを流し込む。
その冷たさがまたズキンと頭に響く。
確実に今日一日は仕事にならないだろう。
支度を整えた頃でもまだ勇次はソファで惰眠を貪っている。
ふと気が付くとテーブルには4つ、グラスがあった。

「おいユウジ、昨日他にも誰かいたのか?」
「なぁーに言ってんだよー。カオルもトオルも居たぜぇー。んで、ガッパガッパ飲んでたぜぇ〜」

それを聞いて先程の夢を思い出す。
飲んでいる最中に同じく酒臭い薫にそんな事を言われたような気がする。

―――人の事言える立場かアイツは・・・

もう何度目か数えるのも馬鹿馬鹿しくなったため息がまた、こぼれる。
まだ時間はある。
反省も踏まえて窓を開けて部屋の換気をしながらバルコニーで煙草に火を付けた。
嫌って程の朝日の眩しさに目を細めて改めて新鮮な空気を吸い込む。

「・・・・最悪だ」

そう呟きながら吐き出した紫煙が風に乗って朝の街へと消えていった。