STORY OF MY LIFE side-T


phase-1

銀星会が事実上壊滅して数ヶ月。
過ごしやすい季節が過ぎ、梅雨が明けて本格的に暑くなってきた。
連日更新される最高気温。
すっかり夏になっていた。

彼等が居なくなって横浜に平和が訪れる・・・訳もなかった。
というよりもより一層危険な街へと変わってきている。
一般市民から見た目にはそれ程何が変わったというものはない。
街のど真ん中で爆発騒ぎがあって、大きな「会社」がそれで吹っ飛んだという。
報道ではガスの元栓を閉め忘れていて、あれやこれやがあって爆発したと発表されていたが死傷者が少々出て「怖いわね」「気を付けないとね」等とちょっとした話題になった程度で終わっていた。
事件ではなく事故として扱われ、これといった混乱は起きなかった。
それに加えてポツリポツリと警察の不祥事等が報道された程度。
また不祥事かとため息を吐きながら、日常に戻る。
季節が流れてそういった事も記憶の片隅から消えていく。
そんな平和な日々を過ごしていた。

しかし警察組織の中では穏やかではなかった。
まさかの本部長候補が広域指定暴力団との癒着。
その事実が一所轄署によって暴かれたこと。
そして暴力団も一所轄署の、実質的にたった2人の刑事によって壊滅したことで大騒ぎになっていた。
これはほんの些細なきっかけに過ぎず、今後更に汚職警官が摘発されるだろう、と。
更には爆発に巻き込まれ、殉職かと思われたその2人の刑事がほぼ無傷で生還したことから騒ぎは更に大きくなっていった。

しかし騒ぎが大きくなったのは警察組織だけではなかった。
今まで頭を押さえられていた小さな組織や日本各地、いや世界各国から今まで銀星会が幅を利かせていた縄張りを奪おうとしていた。
それだけなら暴力団・海外マフィアの抗争だけで済む話ではあるが、彼等には共通の敵が居た。
海外まで影響力を持っていた組織を潰した、その2人の刑事の存在であった。



件の2人の刑事、神奈川県警港署捜査課の鷹山敏樹巡査部長と大下勇次巡査部長は銀星会に賞金が懸けられた時以上に常時誰かに狙われていた。
しかし十分予想できた展開。
毎日のように起きるハプニングも軽々と解決していくのだが、いい加減キリが無い。
しばらくの我慢だと言い聞かせて仕事に励みつつ、忙しい数ヶ月を送っていたのだった。




「あれ、タカは?」

いつものように遅刻ギリギリの重役出勤してきた勇次は、いつもなら自分よりも早く来て新聞を読みながら事務官である瞳の淹れたモーニングコーヒーを楽しむ相棒の姿がない事に、誰に問う訳でもなく自然とそんな言葉が出た。

「おはようございます。鷹山さん、まだ来てませんよ。大下さんは相変わらずのご出勤ですね。ハイ、どーぞ」

時間ピッタリとばかりに瞳がコーヒーを持ってきてくれる。
ここ数日間、溜まりまくった日報に報告書に始末書やら送検書類その他諸々でデスクワークの連続。
更に命を狙われているのだから街に出るなという近藤の指示もあり、ため息の数も増えていた。
苦手な事ばかりで署に向かう足取りも重かったがいつもこうして朝のほんのひと時だけはそんな憂鬱な気分から逃れられる。
本音を言ってしまえば狙われているのであれば街へ繰り出して一気にそういう連中を捕えてしまえばいい、とは思っていたが・・・。

数時間経っても敏樹は出勤してこない。
連絡もない。
こちらから電話をしても固定電話にも携帯電話にも一切出ない。
さすがに課員達も心配し始めた。
連絡無しで行動するのは日常茶飯事になってはいたが、2人を取り巻く現状としてはあまりよろしくない。

「おい大下、鷹山はどうしたんだ」

痺れを切らした近藤が勇次に聞くが、いつものように「オレ、あいつのベビーシッターじゃないですから」と書類と睨めっこしながら軽口を叩いた。
しかし前に2日間連絡無しで実は拉致られてました、なんて事もあったのでさすがの勇次も心配になってきた。
そう言えばここ数日珍しく疲れた表情をしていた。
昨夜は随分と顔色も悪かった。

それから1時間、やはり連絡がないままなので勇次は透を運転手にして敏樹のマンションへと向かっていった。


署から車で30分程で敏樹のマンションへと着いた。
ドアホンを何度も鳴らしても返事が無い。
鍵ももちろん掛けられている。

「トオル、ちょっと周り見てて」
「・・・まさか鷹山先輩の部屋にまでピッキングするとは思いませんでしたよ・・・」
「しょうがねえだろ、非常事態だ」

ベルトに挟んであるいつものキーホルダーからピッキング用の金具を取り出した。
透の言うとおり、相棒の部屋に入るのに何をやっているのかと胸の内で苦笑しつつ金具を鍵穴に差し込んだ。
手慣れたものでものの数秒でカチャリと施錠が解かれた。
そっとドアを開けると玄関にはいつもの靴が脱ぎ捨てられている。
他に来訪者らしい痕跡もないのでどうやら女性を連れ込んでいるというわけでもないらしい。

「あれぇ?先輩まだ部屋にいるんスかね?」

少し緊張していた透が何事も無いように見える室内を見渡すと珍しく少し物が散乱している。
特に荒らされた等の形跡は無いようで不法侵入の2人は少しだけ安心して靴を脱いで部屋へと入っていく。
透はリビングを見渡してから隣の寝室だろうドアを開けるとそこに目的の人物が居た。

「あ、先輩はっけーん。大下先輩、鷹山先輩また寝てますよ」
「・・・心配して損した。おーいタカぁ〜。朝だぞ。Wake up〜。今日もお仕事たっぷり・・・」

布団越しに肩を揺さぶってそう声をかけた勇次が敏樹の顔色を見て言葉を飲み込んだ。
顔色は酷く、上着だけ脱いでそのままの格好でうずくまる様にして眠っていたのだ。
額には汗も多く浮かんでいた。どう見ても病人そのものだった。

「お、おいタカ?顔色最悪・・・」

そう言いかけたところで敏樹は薄く目を開けた。
しばらくぼぅっとして勇次と透の姿を確認してからまた目を閉じた。

「・・・何でお前ら・・・人の部屋に入ってきてるんだよ・・・」
「え、だってもう10時過ぎて・・・」

何も気付いていない透の言葉を勇次が遮った。
再び薄く目を開いて枕元のデジタル時計を見ると、透の言うとおりとうにいつもなら起きる時間を過ぎていた。

「悪ィ・・・すぐ起きる・・・」

弱々しくそういって上半身を起こして、ようやく透も異変に気が付いた。
ベッドから降りようとしたところを勇次は無理矢理にベッドに戻して額に手を置いた。
あり得ない、と思う程の熱があった。

「起きるな馬鹿、寝てろ。透、ちょっとタオル水で濡らしたのと、体温計探して持ってこい」

どうやら熱で正常な判断ができないようでベッドに戻された後もぼぅっと天井を眺めているようだった。

「昨日も顔色悪いと思ってたら案の定だよ。いつから体調悪かった?」
「・・・体調・・・?別に悪くな・・・」
「悪くないなら何でこんな熱が高いんだよ!」

少し怒った様子で聞くがやはり高熱で状況の判断が正確にできないようだ。
体温計で計らなくても十分なほどの高熱だった。

「大下先輩、とりあえずタオルです。体温計は・・・どこにあるか解んないッスよ」
「まあそうだろうなぁ。タカがそんなもん買っておいてあるとは思えんし・・・」

勇次はうんうんと敏樹の頭を軽く押さえつけながら少し考える。

「トオル、課長には連絡しておくから署に戻れ。後は何とかするわ」
「何とかって・・・どうするんですか?」
「このまま放っておくわけにもいかないだろ。ちゃんとテは打つさ」

そういうと勇次は透を見送りながら敏樹の部屋の電話から近藤に連絡をした。
少なくとも2〜3日は動かせる状況ではない、と。
近藤は最初は呆れていたがここ数ヶ月の状況は知っていたので今までの分の休みを代休として休養させるようにと電話を切った。

「さて、病院に連れて行きたいけど・・・これじゃ無理だよなぁ。お前救急車は嫌だろ?」
「・・・救急車・・・?オレはどこも怪我なんてしてねえよ・・・」
「怪我じゃなくても救急車は来るよ」

敏樹の的外れな答えに勇次は苦笑しつつ、再び受話器を手にして素早くダイヤルを押す。
数コールのうちに相手が出た。

「あ、オレオレ。大下だけど・・・」
『申し訳ないが知り合いにオレオレという名前の者は居ない』

少し低めの声の相手は容赦なく電話を切った。
確かにここ数年こういった手段での詐欺は増えては居るがきちんと名乗ったのに切られてしまった。

―――あ、あのヤロウ・・・!!

こみ上げる怒りを抑えてリダイヤルボタンを押すと、再び数コールで相手が出た。

「大下と申しますがっ!」
『最初から名乗れ馬鹿者』
「少しくらい融通効かせろよ!」
『詐欺に注意しましょうと言っている警察の関係者が自らオレオレ詐欺に手を出したのだと思ったんでな』

昔から口では勝てない相手だと解ってはいたがこうまで言われると怒りゲージは上がるが今はそれどころではない。

「あー悪かった悪かった!で、真面目な話なんだが、タカがちとヤバい」
『・・・あいつはお前共々前からヤバいだろ』
「そうじゃなくて!熱が酷い。風邪とは思えないくらい体調がヤバい」
『・・・往診しろと?』
「頼むよ、お前しか頼れないんだって、広瀬」
『高くつくぞ』
「オレの財布が痛むわけじゃない。って、冗談抜きで頼む」
『・・・しょうがない。森元連れて行くから30分程待ってろ』

そういうと再び一方的に電話を切った。

広瀬というのは勇次が諸々の事情で「ワル」だった時代に知り合った旧知の仲。
家業を継ぐのに嫌気がさして家出して一時期勇次たちと遊びまわった。
今では真面目に親の後を継いで開業医をしているが昔から性格はあまり変わっていない。
横浜に来てプライベートな時間が出来て真っ先に向かったのは彼の元だった。
その後色々と世話になり・・・というよりも厄介事を持ち込み、敏樹も何度か世話になっている。
森元というのは男性の看護師で非常に面倒見が良い人物だ。
昔広瀬の父に世話になったとかで看護師になり、今でも何かと広瀬の公私共に世話役等をしているようだ。

とりあえずはそんな旧友を待ちながらうんうんと唸っている相棒に氷枕を作りつつ時間を潰すのだった。