Plethora of feelings


そこは密閉された空間だった。
闇の中に弱々しい光源が、1つ。
その光源が四方に顔を浮かび上がらせていた。

「それでですね・・・不審に思ったその子はそのまま調理室に向かったんですよ・・・」

弱々しい口調で話すのは透だった。
ぼんやりと青白い光を下から受けて浮かび上がるその顔は何とも不気味だったが、話している内容も不気味・・・というよりも恐ろしかった。

「で、鍋とボウルを用意して・・・申し訳ないと思いつつ湯煎でそれを溶かしたらですね・・・中からどっさり髪の毛が出てきて・・・さらに甘い香りに混じって鉄みたいな臭いも立ち込めて・・・!」

そう言った瞬間だった。

「ぎぃぃぃぃぃいいいいやあぁぁぁぁあああぁぁぁぁあああああ!!!!!!」

叫んだのは勇次だった。
あまりの絶叫をすぐ横で聞いた敏樹・透・鈴江の耳がキーンと耳鳴りで酷い事になってしまう。

「朝から何をやっておるんだお前達は!!!!」

先程の絶叫よりもマシだが頭上から怒鳴られてバサッと4人を覆っていた毛布が近藤によってバサッと取り払われた。
昨晩宿直だった透と鈴江が使っていた毛布を2枚重ねにして覆い被さり、中央にスマートフォンを置いてちょっとした「怪談」の真っ最中だった。
折角ならちょっと雰囲気作りしましょうよ、と透と鈴江が使った毛布それぞれを持ってきて真っ暗なのも問題アリだといい、透のスマートフォンを明かりにして薄ぼんやりとした明かりの演出。
まだ就業時間前だったが朝から職場で悲鳴をあげられるわ、見た目まるでサバトの如く怪しい集会を見兼ねて出勤してきた近藤がその毛布を取り払った。

「あ、課長おはようございます」

耳元で絶叫を食らった透と敏樹が朝の挨拶をするが、近藤は不機嫌なままその4人の醜態にため息を吐いてさっさと課長席へと着いた。

「ユウジィ、お前何て声あげるんだよ・・・耳がまだ酷ぇぞ・・・」
「凄い金切声だった・・・折角面白そうな話だったのになー」

なあ?と敏樹と鈴江がお互いに頷き、透もうんうんと頷いていた。

「そうですよ、ここからが本番だったのに・・・」

得意そうに腕を組みニヤリと笑う透が勇次にとっては悪魔のように見えた。

「も、もう十分こええよ・・・なんだよー、鉄臭いってなんなんだよぉー!」

話の内容からしてその正体は解っていたが、あまりにも衝撃的すぎて勇次は震えが止まらない様子だった。
確かにゾッとする話ではあるがそこまで怖がるような話ではない、というのが敏樹と鈴江、話し手である透の感想。
だが勇次にしてみれば十分すぎるほどだったようだ。

「こんなのよくある都市伝説だろ?ホラ、女友達の家に泊まりに行ったらその子のベッドの下に包丁持った男が潜んでた、とか」

勇次の脅えっぷりにすっかり呆れた敏樹は煙草に火を付けてすっかり温くなってしまったコーヒーを一気に飲んだ。

「あー知ってますよそれ。有名ですよね。後はホラ、『でんきをつけなくてよかったな』とか」

知ってる知ってる、と鈴江の話の内容を思い浮かべて透と敏樹は笑って頷いた。が、勇次はその手の話が全くダメだった。
幽霊が絡むような話は平気・・・というよりもその存在自体を信じていないので何とも思わないのだが「もしかしたら有り得る」的な話は一切ダメ。

「よくあるって言ったって・・・なにも今日そんな話しなくてもいいだろぉ!!」

勇次はガタガタと震え、先程の話を思い出していた。
以外と透はこういった話をする時はかなり上手い。雰囲気作りから語り口調まで本格的だった。

「しかし以外だな。トオルがこういう話するのが得意だとは思わなかったよ」
「ヘヘヘ・・・女の子にこういう話すると結構盛り上がるんですよ・・・」
「・・・やっぱりソレか・・・」

予想が当たってしまった事で呆れるのも通り越して紫煙を吐いた。
鈴江は優子にも怒られて自席へと戻っていったが、こういった本当かどうかも都市伝説よりも近藤や優子の方が怖い。敏樹はそう思っていたが勇次は未だに震えていた。

「ユウジ・・・そんなに怖かったのか?」
「こええよぉ・・・だって、だって・・・!!」

その先はどうやら言えないらしい。気分のいい話ではないにしても雰囲気を楽しむのが都市伝説というものでもあるというのが敏樹の感想。
というよりも、日常的にではないがそれ以上に事件で様々な有様なものを見たりしているのに、それが平気で話がダメというのも逆に珍しいとも思っていた。
今の話よりもかつてあった謎の幽霊騒ぎの方が怖かった。
実際港署も襲われた上に目の前で被疑者が消えたのだ。
未解決事件として処理されたが、あれからしばらくは何度も夢に出てきたりして寝不足な日々も続いたのを今でも思い出す。
勇次も同じだったが、それにしてもこの怖がり方は異常・・・だったが同情する気にはなれない。

こういった話の受け取り方は人それぞれだった。
だが透がこの話を振った時にいの一番に「聞きたい!」と手を挙げたのは勇次だったのだ。
まさに自業自得、と言ったところだろう。

―――まあ確かに日は悪い・・・か

2月14日。バレンタインデーだった。
透がこの日にそう言った話をしたのは毎年の復讐もあるかもしれない・・・とも思っていた。
以外と2人の隠れファン?が署内に多いため、毎年この時期は歯医者の予約が欠かせない。
そう思いとりあえずはこれ以上その話には触れずに午後は気分直しに警邏に出たりとした。



外気温は低いが冬晴れの暖かい日差しですっかり気分が良くなったのか、警邏から戻ってきた頃には勇次の機嫌はすっかり直っていた。
というよりは話の内容を忘れていたというのが正しいのかもしれない。
戻ってきてデスクの上に小さな包みが名刺と共に置かれていた。

「ああ、あの保険のおばちゃん、今日も来たのか・・・」

勇次がそれを見て外に出ていてよかった、と思う。
将来性云々万が一の時云々と何かと高額保険に入らせようとしている勧誘員が居るのだ。
確かに危険な仕事な上に怪我等で保険を使う事も多いが、入り過ぎるのも問題だしよく解らない部分も多い。
その上押しが強いので全員その勧誘員の女性が苦手だった。決して悪い人ではないのだが・・・。
その女性がわざわざ置いていってくれたチョコレート。見ると出ている課員の机全部に置かれていた。

「鷹山さん、大下さん、お疲れ様です」

コーヒーを運んできてくれた瞳が「どうぞ」と上品な箱を2人に1つずつ渡した。

「お、ありがとう・・・って、今年も手作りか?」

敏樹が丁寧にラッピングされている箱を見て問いかけると、瞳は少し不安そうな顔をした。

「そうです。・・・お口に合うといいんですが・・・」
「去年のトリュフ、あれ凄いウマかったよ、お世辞無しに。今年もありがたく頂くよ」

嬉しそうにそう言う一方で勇次は複雑な顔をしていた。
今朝聞いた話を思い出してしまっていた。

「大下さん、もしかしてあまりお好きじゃなかったですか・・・?」
「いやいやいやいや!去年の、うん、美味しかった!今年もありがとう!!」

毎年瞳が贈ってくれる菓子はプロ顔負けな程よく出来ていて非常に美味しい事で課員には有名だった。
しかし今朝の話を思い出して「手作り」という言葉に反応してしまった。
少々呆れて敏樹が小声で話しかける。

「お前な・・・いくらなんでも瞳にあれはヒドいだろ」
「いや、解ってるんだけど・・・っていうかトオルが悪いんだ!!!」

既に帰ってこの場に居ない透に怒りを向けるが意味の無い事だった。
だが勇次も瞳の作る菓子の美味さはよぉく知っているので楽しみにしていたのもあった。
怒りを透に向けたところでようやく気分も持ち直したので改めて貰った小箱にホクホクな思いをしながら苦手なデスクワークに集中していたところに薫がやってきた。

「はい、コレ」

デスクにだんっと置かれた白い箱には大きく、箱ギリギリまで「義理」と達筆で書かれていた。

「「・・・・・・・・」」

先程の瞳の箱と並べてあまりの洒落っ気の無さに2人は閉口するしかなかった。

「「ありがとうございます・・・」」
「ホワイトデーには借金返済もよろしくねー」

毎度のことながらこういう時でも催促は忘れないその心意気はある意味感心すべきではあるのかもしれない。
薫とすれ違う様に来た優子はデスクには置かずに2人に手渡ししてきた。

「はい、カオル君とは違ってちゃんと愛が籠ってるわよ〜」

と渡された箱は梅の花のような色合いの綺麗な小箱だった。

「「ありがとうございます・・・」」

素直に受け取ると去り際に、

「お返しはいつも通りでよろしくね〜」

と恐ろしい言葉を残していった。
優子は物でのお礼はいつも求めていない。その身体が目的だった。
御幣が生じやすい表現だが、丁度来月の今頃に年度末の暴走族の摘発やら未成年者の補導の応援として駆り出される。
それがまた非常にハードワークでしっかりこき使ってくれる。こうして毎年貰えるものは嬉しいが来月の今頃を想像しただけでげんなりしてしまった。
ある意味好意の押し付け、とも思えたが普段から捜査だけではなくプライベートでも色々と世話になっている分も含めてなので致し方が無い。


それからは特に何事も無く珍しく定時に2人共あがったが、ロッカー室で問題は発生していた。
ロッカーの扉を開けた途端、色とりどりの箱が雪崩の如く床に散らばった。
そのカラフルな雪崩を見て2人は同時にため息を吐いた。
年度初めに新たに配属された婦警も多かったためにまた量も去年よりも量が多い。
義理とは言え気持ちは確かに嬉しいのだが、これだけ量が多いとなると来月の出費に頭が痛い。

性格上、2人共女性からの贈り物は無下には出来ない。
一気に消費するのはもちろん無理だが、しばらく甘いものには事欠かない日々が続きそうである。
歯科通いの医療費もプラスされそうで再び頭が痛くなってくる。

透が「復讐」としているのはこの量だった。
明らかに量も質も先輩である2人には毎年勝てないでいるからであった。

「でもなぁ・・・」

勇次が一つ一つ丁寧に紙袋にそれらを入れながら呟く。

「これだけあっても、本命が1つも無いってのもまた・・・」
「悲しい現実・・・」

敏樹は淡々と同じように紙袋にそれらを入れながら勇次のそれに答えたが、これもまた例年通り。
贅沢な悩みなのは解っているが、2人は互いの顔を見て苦笑いを浮かべるしかなかった。