Present for...?
麗らかな小春日和。
桜のつぼみが徐々に色を着けてきた頃、大下勇次は朝から非常に悩んでいた。
いつもなら朝はスポーツ新聞を読んで一喜一憂しているハズが、今朝に限ってなにやら難しい顔をしてずっと考え込んでいた。
あまりに珍しい光景に全員がチラチラと横目で見ては何かをボソボソ話している。
ハァーっと深い溜息を吐いて、真後ろの席で新聞を読みつつモーニングコーヒーを楽しむ敏樹の方を見た。
しかしそのまま元に戻って自分のデスクの面を見ながら、またハァーッと深い溜息を吐く。
真向かいに居る透にはそれが面白くてしょうがなかった。
「先輩、何かむかーし流行った玩具みたいな動きしてますよ・・・」
笑いを堪えつつ声を掛けると、一瞬ギロッと睨み付けるが、また溜息を吐く。
そして再び敏樹の方を見るが・・・一体この動作を何度繰り返しただろう。
どうせロクな事じゃないと思って我関せずを決め込んでいた敏樹がついにキレた。
「お前朝からなんなんだ!言いたいことがあるならハッキリ言えハッキリ!」
バンッと畳んだ新聞を自分のデスクに叩き付けた。
叩き付けた際にカップが倒れないようにしっかり手に持っていた点は「さすが鷹山先輩・・・」と透が感心する。
「いや・・・あのさ・・・えーっと・・・」
モゴモゴしながらもようやく口を開いた勇次。
しかし今度は顔全体に覇気が無い。
そんな重要な悩み事なのか、と内心敏樹も心配になった。
「・・・タカならさ・・・記念日って何が欲しい?」
突拍子も無い問いに思わずコーヒーを噴きかけた。
様子を見ていた全員も意外な悩み事に思わず身を乗り出す。
咽ながらも何とか奇妙な質問をした勇次を見る。
「・・・何を・・・っていうか何の話だ・・・?」
全く状況が読み込めない。
当然といえば当然だ。
「だからー、記念日に何が欲しいかって聞いてるんだよ」
様々な事を考える。誰の?オレのか?いやそれは有り得ない・・・っていうか何なんだ一体。
だが大体ピンと来た敏樹はそのまま背を向けた。
「そういう事は薫にでも聞けよ。あいつだって一応女だ」
煙草を取り出しマッチに火を点けようとした瞬間、
「違えよ男なんだよ!」
思わず力んでバキッとマッチが折れた。
咥え煙草に折れたマッチを持った体制のまま、震えながら振り返る敏樹。
「お前・・・しばらく浮いた話一つ聞かないと思ったら・・・!」
無言で敏樹が叩き付けた新聞を手に取り、彼の頭をスパーンと叩いた。
さながらハリセンのごとく見事な音がする。
「お前な・・・言っていい事と悪い事があるって知ってっか・・・?」
握り締めた新聞をぐしゃっと握りつぶす。
「で、何が欲しい」
叩かれて少し乱れた髪をかき上げながら一言即答。
「長尾をパクるネタ」
ガックリ肩を落とす。
年齢が近い透なら、と相棒を見限って透に問う。
「透は!?透なら何がいい!?」
宙を見ながらニコーッと笑って一言。
「僕好みの女の子紹介してください・・・」
だろうと思った・・・。
充てにならない。
年の功で吉井に聞いてみる。
「パパは!?パパは何がいい!?」
うーん、と考えてから一言。
「家のローン一括返済かな・・・」
嗚呼、ご愁傷様な事で・・・。
警察官と言えどサラリーマン。
税金も払っていれば住宅ローンもある。
独身貴族の田中なら・・・
「ナカさんは・・・・ってやっぱ扇子か・・・」
「おいおい、何で決め付けるんだよ! まあ扇子だろうねーおじさんは」
聞くまでも無かった・・・。
田中=扇子はいつの間に固定化したのかは解らないがもうそれ以外考えられない。
「吉田は!?何がいい!?」
うーん、とやはり考えて、
「クルーザーですかね」
無理だよそんなもん・・・。
そういえば吉田の実家は相当なお金持ちらしい。
しかも船舶免許持ち・・・。
意外と役に立つかもしれない兄貴分谷村なら・・・!
「谷村!谷村は!?」
「筋肉」
「ねぇよ!!!」
この脳筋がっ!!!
少しでも期待した自分が馬鹿だったと後悔する。
全員に聞いても全く参考にならない。
至極当然なのだが勇次はガックリしてデスクに戻る。
そんな様子を呆れて見ていた敏樹が先程の仕返しとばかりにかるーく後頭部をハリセン化した新聞紙で叩く。
「お前・・・ホント馬鹿だな・・・。ホレ、とりあえずっ!」
バンッと敏樹はペンとデスクメモを取り出す。
「相手の年齢」
「22。来年23」
「性格」
「んーオレと違って結構真面目・・・だな」
「偏差値」
「えーっと、確か60後半・・・」
周りからおおっと声が挙がる。
敏樹は気にせずメモをとる。
「何系」
「え・・・・うーんと、真面目系・・・?」
再び敏樹がハリセン新聞紙がスパーンと勇次の頭を叩く。
「そんなパカパカ叩くなよ!馬鹿になるだろ!」
もう十分馬鹿だお前は・・・と呆れつつペンを置く。
「理系か文系かって事だよ。どっちだ」
「ああそういう「系」か。理系理系」
特にコレはメモを取らずにまとめに入る。
「要はユウジの身近な人間、弟か誰かの大学卒業か就職祝いなんだろ?違うか」
そういうと勇次が顔がパァ〜と明るくなってぶんぶんと上下に首を振る。
「すっげー、何で解ったんだよ!そう!弟が卒業すんの!んで東京の企業に就職するんだよ!」
何故それを説明してから問わないんだ、と周りの人間も呆れていた。
そして途中から既に答えが解っていたのも言うまでも無い。
「どうしてって・・・今年22で今の時期で記念日だろ?そうしたらそれくらいしか思いつかないだろ、普通は」
普通は、のところに力を入れたが勇次はスゲーを連呼している。
どうやら随分悩んだせいで少しネジが外れてしまったようだ。
これには全員呆れ顔で敏樹に同意した。
「で、さ。改めて何がいいと思う?」
「まだ早いっ!」
焦る勇次に一喝して敏樹は話を進める。
「それでも色々あるだろ。趣味とか好みとか、後はどんな仕事の会社なのかとか」
それを聞くとまた悩み始めてしまう勇次。
これは一筋縄ではいかない。
だからこそ記念日等のプレゼントというのは非常に難しく、月並みになってしまう事も多い。
「あーもー、解んねーから現金渡して・・・!!」
今度は田中が扇子でスパーンと勇次の頭を叩く。
「大下、お前は親戚のおじちゃんか?」
「なにすんだよナカさーん。親戚のおじちゃんじゃないよ、お兄ちゃんだよ!」
「お前、実の兄から就職祝いだって現金貰って嬉しいか?」
・・・言い返せない。
もちろん4月中、初任給が貰えるまでは現金というのは非常に大切だ。
しかし、もしアルバイト等してなくて現金が無い場合は直に事情を話して言ってくるだろう。
祝いとはまた別口だ。
「そうだ、ちょっと高いけどスーツ・・・!」
今度は透がスコン、と消しゴムを飛ばす。
見事後頭部にヒットした。
「透てめぇ!!」
「先輩・・・新入社員がいきなり先輩みたいなブランド物スーツ着てたらダメですって・・・」
「・・・・え、変なのか?」
「ニュースとかでも入社式の様子とか見るでしょ?大体みんなリクルートスーツじゃないですか。お堅い企業じゃなくてもそういうの、気にする上司とか居ますよ」
よくよく考えてみれば勇次にそういう経験は無い。
制服があったから。
うーん、と悩んでいると谷村がドン、と勇次のデスクに何か袋を置いた。
「こんなのどうですかね?」
「だからプロテインはねえよ!」
渋々1kg入りプロテインをデスクの引き出しに戻す谷村。
―――常備なのかよ!
全員が胸の内で総ツッコミだった。
「あ、時計!腕時計なら・・・!」
しかし吉田が言葉を遮る。
「大下さん・・・予算あるんですか?そういう時の時計ってせっかくならそれなりのモノじゃないと・・・ブランド物の時計って結構しますよ」
言われてみればそうかもしれない。
安く売っているものもあるが就職記念となると長く使えるものがいい。
うぐぐ、となって反論もできない。
「そうだ!携帯とか・・・ほら今結構色々あるし!」
吉井が深い溜息を吐いて勇次の肩を叩く。
「あのな、そのテのモノは大体大学生なら持ってるし、本人連れて行かないと契約できんぞ」
白ロム等なら購入して自分で契約できるが、それもやはり自分の好みというものがある。
契約変更に伴う料金も発生したりと何かと面倒だ。
すっかりネタ切れを起こした勇次はデスクに突っ伏してしまう。
見兼ねた敏樹は溜息交じりに口を開く。
「月並みだがシステム手帳とペンのセットは?モノによっては結構いいものあるぞ。余程の職種じゃない限りあっても不便しない」
「システム手帳〜?使うか?そんなの・・・」
そう言われて、勇次を除く全員がデスクの上にドン、とそれぞれ手持ちのシステム手帳を出す。
しかも皆かなり使い込んでいるモノに見える。
勇次はそれを見て噴出す。
「何でそんな古いの大事に持ってんの?1年しか使えないんだろこういうのって」
「「「「「ハァ?」」」」」
思わず全員声が揃ってしまった。
つっこむ気にもなれない・・・。
「大下、お前普段スケジュール管理はどうしてるんだ?捜査用のメモは全員手帳とは別に持っているし、お前も一応持っているだろう」
突如近藤が声を掛けた。
思わずうおっ!と声を出してしまった勇次だったが、全員「おはようございます」と朝の挨拶をする。
丁度出勤時間で一連の流れは聞いていたらしい。
といっても手帳のくだりのみでどういった経緯でそういう話になったのかは解ってはいなかった。
しかしさすがにこの歳で手帳の事をしらないとは・・・と呆れていたのは確かだった。
「す、スケジュール管理なんて・・・オレは全部コレですよ?」
と出すのは捜査用のメモ帳と同じモノ。
「先輩・・・それでいつに何があってとかすぐ解るんですか?」
「え?あーまあ大体は・・・」
すると近藤がバンッと勇次のデスクを叩いた。
「だからお前は色々ルーズなんだ!」
近藤が怒るのも無理はない。
実際書類の提出期限の遅れや会議に遅れたり等しょっちゅうだった。
「でもでも!全員こんな数年前のノート使ってるようじゃ同じじゃないですか!」
近藤に食って掛かるが呆れて頭痛すらしてきた敏樹が手帳の中身を見せて改めて説明する。
「あのな勇次・・・こういうのは毎年『中身だけ』取り替える事が出来るんだよ・・・しかも自分の好みで。オレも来年度のヤツ、もう買ってある」
と、未開封の来年度用のリフィル各種をデスクから取り出す。
全員がうんうん、と頷く。
「え、え、そうなの?」
「社会人になって何年目なんだお前は・・・」
敏樹が言うと、また全員がうんうん、と頷く。
「お前が弟さんにあれこれとあげるものを考えるよりも先に、お前の手帳買うのが優先だな」
トドメとばかりに敏樹が勇次の肩を軽く叩く。
再びガックリ項垂れる勇次。
「社会人って面倒くせぇ・・・」
ついポロッと本音が出てしまい、近藤の有難い説教が延々続いたのは言うまでも無い。
その後仕方なく自分用のものと弟へのプレゼント用のファイルとペンを購入し、無事弟も喜んでくれたので勇次もなんだかんだで満足し、全員に感謝することとなったが、問題の自分用の手帳は未だ未開封のままデスクの引き出しに放り込んである事を思い出すのは翌年の年度末。
そして今度は課員はじめ、弟からも説教を食らう事となるのも、また翌年の年度末の事であった。