Restless -To your original-


それはいつもと変わらない日々のはずだった。
穏やかな日々が続き平和だった港署は突如襲撃された。
襲撃者は確実に1人、また1人と倒していく。

新型インフルエンザだった。

まずは警邏課の1人が見事にやられてしまい、自宅療養となった。
しかしその猛威は弱まる事もなく後から後から被害者は増えていき、ついに薫に襲い掛かった。

「か、体中痛くって・・・寒くって・・・」

ガクガクと震えながらマスク姿にブランケットを何枚も重ねて仕事をしていたので優子が即病院に行って帰るようにと言ったが、発熱による寒気で動けなくなっていた。
それでも出勤してきたその努力は素晴らしいが、これでは余計に被害者を増やしてしまう。

「カオルぅー、お前でも風邪ひくんだなぁ」

と最初は笑っていた勇次だったが、そんな皮肉にも応じる事もしなかった。
というより耳に入っていない。
顔色も酷く、さすがの勇次も「これはヤバい」と優子が勇次に手伝いを頼んで車に乗せて病院へ直行。
鼻水から検査して「インフルエンザですね」そうあっさりと言われて自宅で寝込むことになった。

「カオルもやられたか・・・相当強力だなこりゃ」

薫を優子に任せて署に戻ってきた勇次が少し深刻そうに言った。

「でもあいつ予防接種受けたって言ってたぜ」

戻ってきた勇次の取り出した煙草にマッチで火を付けてやりながら敏樹は言った。
そう、敏樹は薫からシーズン前に万が一掛かったら大変だから、と予防接種を済ませたと聞いていた。
それを聞いて敏樹も勇次もやはり万が一を考えて予防接種は済ませていた。
こういう職業柄、少しでも風邪をひくとなかなか休めない上に仕事にも支障がでる。

「いや、今流行ってるのはお前達が受けた予防接種のとは別型のヤツだろ?だからあんまり効果無いんだって」

吉井がそういうと、田中も便乗してきた。

「そうそう、何か最近流行ってるのは割合と新しいヤツらしいぞー。そうするとワクチンも殆ど効果ないってテレビでやってたぞ」
「何か、型が合わなくても何もないよりはマシらしいですけどね。少し軽い症状で済むって程度らしいですし。でもあの様子じゃーかなり厳しいですね」

吉田も心配そうに言う。

「ワクチンより、こうして身体を鍛えればインフルエンザなんて怖くないッスよ」

谷村がその肉体美を披露するが、全員毎度の事とは言え呆れていた。
しかし勇次はニヤリと笑って言う。

「谷村、お前体脂肪率低いだろ。そういうやつが感染すると治りが遅いんだぞー」
「え!?マジっすか!?」

―――知らなかったのかよ!

全員胸の内で総ツッコミ状態だった。
相変わらずの脳筋っぷりであった。
いずれにしても非常に厄介なのは変わりは無い。
目に見えない恐怖が今、港署を支配している。

「まあ、お前達2人は大丈夫だろう」

ボソッと近藤が呟いたのを勇次は聞き逃さない。

「どういう意味ですか課長!オレ達がバカって言うんですか!?」
「オレも含まれるんですか!?」

勇次の物言いに敏樹も反論するが、近藤はゆっくりと二度頷いてから再び報告書に目を落とす。
2人は納得できない、と言った反応だったがこれ以上何を言っても無駄だと思い、その場は引き下がった。



それから4日が過ぎたとある午後。
薫は順調に回復してきているらしい。
優子や瞳がお見舞いに行き、できるだけ看病してもらった結果だろう。
熱は既に下がっていたが念のためもう1日休ませるように、との主治医の診断だった。
明日になればまた騒がしい日常が戻ってくる。
内心心配していた2人もその話を聞いて安心した。
しかしその間にも鈴江が倒れ、筋肉を自慢して自信満々だった谷村もあっけなく倒れた。
人手不足でてんやわんやだったが幸いにして大きな事件は起きていないのが幸いだった。

「やっぱり怖いな、インフルエンザは」

連続窃盗事件の聞き込みで住宅街を歩いていた敏樹が勇次に話しかける。

「んーそだな・・・」

なんとなしに気の無い返事だったが、敏樹はその時は気にせず話を続けた。

「谷村は治り遅いだろうなぁ・・・滅多に風邪とかひかない分余計に長引きそうだ」
「んーそだな・・・・・・」
「そういや最初に倒れたのって武田だったなぁ・・・やっぱ受付にいる分人に接する機会が多いからかな」
「んーそだな・・・」

会話は成立しているようだが先程から勇次は同じことしか言わない。
嫌な予感がして敏樹は立ち止まった。

「ユウジ、今何時だ?」
「んー、そだなぁ・・・・」
「ところで今、なんの捜査中だっけ?」
「んんーーーー」

革手袋を取って勇次の額に手を当てる。
妙に熱い。
自分の手が冷えている可能性もあるので手首を取って脈を測ると、異様に早い。
そのまま勇次の腕を掴んで車に戻って助手席に押し込んだ。

「んータカ、どした?」
「どうしたじゃねえよ!お前熱が凄いじゃないか!!」

少し怒った様子でシートの位置やミラーの角度を直してゆっくりと車を走らせる。

「おかしいと思ったらすぐ言え!どうして我慢してた!」
「えー、別に変じゃないけどなぁ・・・」

―――ダメだ、熱で思考も滅茶苦茶だ

確実に現在の体温が解ったわけではないが相当高い。
38度以上は必ずある。
朝からそれに気付けなかった敏樹も自身を情けなく思ったが、それ以上に具合が悪い事を隠していた勇次にも腹が立っていた。

「・・・ちゃんとすぐに言えよ・・・馬鹿野郎・・・」
「何がぁ?」
「・・・もういいから黙ってろ・・・」

どうやら隠していた訳ではなく、素の状態だったらしい。
夜のうちに熱が出たのだろう。気が付けば思考は既に滅茶苦茶。自覚も無かったらしい。
そう思うと敏樹はもう怒る気にもなれなかった。
かかりつけの病院に行くと、案の定インフルエンザだった。
熱は39度1分。
どうりで思考もおかしくなったわけだ。
念のため熱がこれ以上高くなって寒気も止まらない様なら救急病院に行くようにと、栄養剤と漢方薬を処方してもらった。
署に連絡を入れるとそのまま勇次を帰すように、との指示だったので勇次のマンションへと車を走らせる。

「んー、タカ、捜査はぁー?っていうかここどこだぁ?」
「お前のマンションだろ。ほら部屋のキー出せ」

そう言われてポケットをガサゴソと漁るがなかなか出て来ない。
面倒だ、と敏樹が無理矢理ポケットを漁るとキーが出てきたので開けて勇次を放り込んだ。

「さっさと着替えて横になれ。冷蔵庫・・・って酒ばっかりじゃねーか!」
「あのさタカ・・・・」
「なんだ?」
「何か・・・寒い」

ヤバい、と突っ立ったままの勇次をそのままにクローゼット等を漁る。
適当なスエット上下が出てきたので勇次に放り投げる。

「ほら、さっさと着替えろ!脱いだもんはその辺放り出しておけ!いいか、オレが戻ってくるまでに着替えて寝てなかったら強制的に入院させるようにするからな」

いつもの怖い表情で言うと、まともにモノも考えられない状態の勇次でも迫力は伝わったらしい。
コクコクと頷くのを確認してから敏樹は部屋を出て適当なスーパーへ向かう。
とにかく必要最低限の物を買ってから、自分もマスクをして急いで戻ると、勇次は言われた通り着替えて寝ていた。
うーんと時々唸っているが、当然だろう。

「ユウジ、食欲は?」
「・・・・無い。無理。食ったら絶対吐く・・・体中痛ぇ・・・」

そんな事だろうとドカッとベッドサイドに500mlのスポーツドリンクを数本置いた。

「とにかく飲め。ガンガン飲め。吐いてもいいから飲め。それとこれも飲め。いいから飲め。絶対飲め」

何度も「飲め」と言って処方された柴胡桂枝湯とビタミン剤を渡す。
室温を少し高めに設定してエアコンを入れてから放置されていた加湿器の様子をみてから使用に問題ないと判断して加湿器も近くに置いた。
「んー、タカぁー。寒ぃよー。エアコン切ってくれぇー・・・」
「馬鹿、暖房だ。とにかくそれ飲んで寝てろ」

唸りながらスポーツドリンクでそれらを何とか飲み込んでからガタガタ震えながらベッドの上で丸まるように眠り始めたのを見て少し安心した。
柴胡桂枝湯は解熱効果は一応ある様なのでとりあえず飲ませたが、どうなるか解らない。
A型・B型でない限りは一般的な抗インフルエンザ剤は今はあまり効果が無い。仕方なくと言った具合で出してもらった薬だったが果たしてどの程度効くものなのか。
一息つくとインターフォンが鳴ったので出てみると優子が来ていた。

「大下君もすっかりやられちゃったわねー。タカさんは平気なの?」
「オレは大丈夫ですよ。・・・今のところは課長は?」
「一応今のところはね。でも正直解らないわー。管理職が休むとロクな事ないから気合でなんとか、ね」

そう言って優子は脱ぎ散らかされた勇次のシャツやスーツを拾い上げてハンガーに掛けながら敏樹と話した。
優子は薫の看病にも行っているし、敏樹は今はマスクをしているとは言え、感染しているのに気付かずに先程までは車の中に一緒に居たのだ。
正直この先どうなるかは解らない。

「まだ熱上がりそうです。寒気が酷いみたいで。あまりに酷かったら強制的に入院させますよ」
「そうね。大下君くらいの重症だとそのくらいがいいかも。近藤課長には伝えておくからタカさんは付いててあげなさいな」

勇次の様子を見た優子はそういうと部屋を出て行った。
再び一息ついてから寝室のスライドドアを閉じる。
閉じる前に様子を見たが、まだ丸まって寒そうにしている。
このまま寒気が続くようなら本気で入院を考えた方がいい。

―――まあ、仕方ないか・・・後でもう一回熱測ろう

スライドドアを閉じてバルコニーに出て煙草を取り出す。
我慢していたのか、それとも既に熱で思考がおかしかったのか・・・。
恐らくは両方だろう。
勇次はいつもギリギリになってからこうなる。

―――人の事は、言えないか

紫煙を吐き出しながら苦笑する。
それから1時間置きにそっとドアを開けて様子を見る事にした。
悪寒は大分良くなったようだが相変わらず何事か呻きながら眠っている様子だ。
恐らくは関節の痛み等も酷いだろう。
体温を測るとすっかり40度は超えていた。
寒気が治まらないまま40度8分を越えたら即救急病院に担ぎ込みだな、と思い体温計をサイドボードに置いた。

そうならない事を祈りつつソファに腰かける。
インフルエンザと一言で言っても侮れない。
とにかく今はこれ以上悪化しない事を祈るのみ、だ。
こういう時に女性陣の手助けは助かるが、優子や瞳に無理されて感染させてしまったら申し訳ない。
状態が状態だけに一応は診ててやらないと、勇次の場合はそのまま出勤してきそうだから怖い。



少し緊張感と疲れが出たのか、ソファで眠ってしまった様だった。
思わず飛び起きて時計を見るが、あれから2時間程しか経っていない。
またそっと部屋を覗くと布団を跳ね除けて寝ていた。

「寝相悪いなぁ全く・・・」

呆れたような、苦笑いしながら見ると、汗が酷い。
どうやら寒気は無くなって本格的に体内でウイルス殺しが始まったようだ。

「ユウジ、ちょっと起きろ」

申し訳ないがちょっと起きてもらって様子を見る。
寝ぼけているのか熱でボケーっとしているのかよくわからない状態だったが、熱を測ってみると39度9分。
微妙にだが少し下がった。

「暑いか?寒いか?」
「・・・・あっちぃ・・・ダルい・・・・」
「んじゃコレ飲め。ゆっくりな」

言われるままにスポーツドリンクを飲むと、またバタンと寝込んでしまった。
暑いせいもあって息が少々荒い。
買っておいた氷まくらをタオルで巻いて敷いてやってから、スエットの汗の具合を確かめる。
まだそれほど湿っていない。
眠りながらも時々咳き込むようだが、乾いた咳ではなさそうだ。
少し安心して布団を再びかけてから室内を暗くして部屋から出て行った。

途中署と連絡を取って、ソファに座って何回か転寝をしてしまって、その度に様子を見に行く。
着替えさせて薬を飲ませて枕の交換をして、また転寝。
気が付くと既に夜明け近かった。
起さないように熱を測ると38度6分。
大分快方に向かっているようだ。

「回復力は、あるんだよなぁお前は・・・」

体温計を見ながら苦笑する。
まだ少し苦しそうな勇次を見るが、幾分か楽になったような具合だった。
この分なら少しでも何かしらは食えるだろう、と起きた時にすぐ用意できるようレトルト食品を用意をしておく。
だがすぐに平熱に戻る訳は無い。しばらくこのくらいの熱が続いてから落ち着くだろう。

―――早く治ってもらわんと、仕事が増えるんだよ、馬鹿野郎・・・

普段なら直接勇次にこんな事言わないだろう。
だが入院せずに済んで良かった、と安心して少し疲れたようにソファで眠り込んでしまった。

しばらくすると物音で目を覚ました。
見ると体にコートが掛けられていた。

「・・・ユウジ?」

寝室を覗いてみても居ない。
物音はシャワーの音だった。

―――一晩でそこそこ具合に回復はしたか・・・

時計を見ると既に8時近かった。
何とかギリギリで遅刻は免れそうだ。
敏樹は辺りを見回してメモ帳とペンを見つけた。

『薬をきちんと飲むように。
シャワーは良いが身体を冷やすな。
メシはレトルトでいいから食え。
水分きっちり摂ってしっかり寝てろ。』

殴り書きのメモを残して部屋を静かに出て行った。
後3日もすれば元気に出勤してくるだろう。
もしかしたら予防接種も無駄ではなかったのかもしれない。全く別型のものでも免疫力が多少つく事もあるらしい。
熟睡できかったせいで少し眠い頭を起すために身体を伸ばして無理矢理起して署へ向かった。



「どうだ、大下の様子は」

朝の挨拶の後に近藤は敏樹に聞いてきたので、一晩で熱は大分下がって後3日もすれば出て来れるだろう、とそのまま伝えた。
谷村もようやく熱が下がり始めたらしい。
ようやく一段落、といったところだった。

「お前は平気なのか?」
「今のところは何ともないですね・・・」
「・・・やっぱり馬鹿は」
「どうせ馬鹿ですから風邪はひきませんよ」

少しむくれて近藤の先に言ってやった。

「じゃあ今日は吉田と引き続き窃盗の件当たってくれ」

それだけ指示するとまた書類に目を落とす。
いつもの光景だった。
朝のコーヒーだけ楽しんで吉田と共に聞き込みへ向かった。



敏樹の読み通り、3日後に案の定キッチリ回復した勇次が出勤してきた。

「おっはようおっはよう。いやー参っちゃったよ全く!」
「参ったのはこっちの方だ馬鹿モンが!休んだ分しっかり働け!」

厳しい口調だったが何事も無く良かった、と言った表情は浮かべていた。
敏樹は相変わらずマスクをしていた。予防対策だろうと勇次は思っていた。

「タカー、悪かったな。一晩中の手厚い看病ですっかり良くなったぜ」
「何が手厚い看護だ。ただでさえ人が足りないから仕事が増える一方だ。ホラ、お前が病欠の間に連続窃盗犯逮捕したぞ」

提出前の報告書を渡すと勇次がため息を吐いた。

「あーあ、やーっぱり川口だったかぁ・・・アイツ、もうしません!なんて都合のいい事言っておいてよー・・・」

犯人は以前勇次の逮捕したことのある常習犯だった。
やり口からして似ていたので嫌な予感はしていたが、的中してしまった。
こういう時は本当に残念でならない。

「まぁ、また堀の中で反省してきてもらいましょ」

そういうと報告書を敏樹の手に戻そうとしたが、敏樹はそれを取り損ねて書類がバラバラ、と落ちてしまう。
慌てて敏樹が書類を拾うが、様子が少しおかしい。
いつもなら冷静にサッと拾い上げるのに妙にモタモタしている。
バラけた書類を順番通りにするのにも手際が悪い。

勇次が不審に思っていたが敏樹は気にしない様子で近藤に報告書を提出した。
ん、ご苦労と報告書を受け取って敏樹は自席に戻ろうとした。が・・・デスクに手をついて動こうとしない。

「どったのタカ?」
「・・・・・・いや、なんでもない」

そういう額には妙に汗が滲んでいる。

―――あーまさか・・・

勇次は嫌な予感しかしなかった。
しかし敏樹は悟られない様いつものペースを崩さず椅子に座ると再び何でもない、といった様子で煙草を取り出した。
マスクを片耳だけ外していつものように新聞を読みながらコーヒーを味わう・・・が、

―――味が解らん・・・ヤバいかコレ・・・

内心焦っていたが出勤前に薬も飲んだし熱もそれ程高くなかった。
平静を装い新聞を読むが記事が頭に入ってこない。
頭に入ってこないというよりも文字がボヤけて読めない。
その上なんだか頭がフワフワするような感覚。
内心かなり焦っていた。だができればこのまま悟られずにいたい。
実際書類も結構溜まってきている。デスクワークは嫌いだがコレを処分しないと休むに休めない。

勇次はそれを冷静な目で見ていた。
先程の書類の件に、妙に覚束ないような足元。
さらによくよく見てみるとなんだか身体全体がフラフラとしている。
そんな敏樹の肩にポン、と勇次がニッコリ笑って手を置いた。

「タカ、ちょっと医務室行こうかー」
「・・・・何で・・・・?」

言われた瞬間突然視界がまるで一回転したような具合になってそのままデスクに突っ伏したようになってしまった。

「「「鷹山!?」」」
「「タカさん!?」」
「鷹山先輩!?」

一同ガバッと席を立ち敏樹を見た。見ると小さく唸っていた。
この様子にはもう嫌って程見覚えがある。
嗚呼鷹山お前もか、と言った目線が敏樹に集中した。
しかし勇次は予想はしていたので、突っ伏した敏樹の額に手を当てると滅茶苦茶熱かった。

「あーやっぱりねぇ・・・多分オレより重症ですよコレ。というわけで課長!タカ連れて病院行ってきまーす」

なんとか肩を貸してようやく歩けるような状態の敏樹を抱えて刑事部屋を後にする。

「ありゃー相当無理してたなぁ・・・」

吉井がそれを見送って呆れた顔をしていた。

「大下が出勤してきて緊張の糸が切れたなありゃ」

うんうん、と頷きながら田中はぐったり状態の敏樹を見送るように手を振った。

「・・・また病欠1名・・・この人手が足りん時に全く・・・・・!!!」

近藤が頭を抱える、がこればかりはもうしょうがなかった。
他の課も、他の署も病欠だらけでどこもかしこも人手不足であった。

結局敏樹は勇次の言った通りかなりの重症で1日様子見で入院、その後自宅で勇次や薫に看病されて1週間かかってようやく出勤したが、その頃には仕事が休みに入る前以上に山積みとなって新たな頭痛のタネとなった。
その後は吉井・田中・吉田・近藤・優子の順でインフルエンザによる病欠が続き、結局何も起きなかったのは透だけであった。
それでようやく港署内を混乱に貶めたインフルエンザウィルスは去っていった。
まだ全員本調子ではなかったが、何とかその期間に大きな事件は無く乗り切れた。
参ったねぇ、などと全員で話していたが、その中で透が不思議そうに首を傾げていた。

「何でボク大丈夫だったんでしょ?」

その言葉に全員胸の内で同じ言葉をささやいた。

―――馬鹿は風邪ひかない

と・・・。