With feeling SIDE-Y


勇次はその日、かなりの上機嫌で部屋を出た。
新車を購入して初の非番。
こうしてようやく通勤以外で乗る事が出来る。



事の次第は正規のディーラーでの車両盗難事件から始まった。
少し前までは4WDの盗難、オフローダーやSUVの盗難が多かったがここ最近はセダンやクーペの盗難も多い。
深夜から明け方にかけて大型車でやってきて車をレッカー移動するが如く盗んでいく。
大抵このテの車両は海外へと流れていく。
奇跡的に愛車を海外で見つけたオーナーも居たが、関税やその他諸々で結局取り戻す事は叶わなかった、なんて例もある。

たかが車されど車。

決して安い買い物ではないし、愛着もあって乗っているオーナーも多い。
大事な思い出が、それにはある。
だからこそ許せない犯罪であった。

最近は防犯対策も整ってきて盗み辛くなってきたのか、中古車屋等販売店の展示車両を盗むなんてケースも多い。
販売店に深夜にローダー車等が停まっていても怪しまれない事もその原因だった。

偶然深夜の警邏中に通り掛かったとある販売店で怪しい集団を見た。
この時間なら注文車両の納入は多いが、逆に車を運び出そうとしていたので念のため声を掛けると案の定窃盗団。
外に居た2人程を軽く伸したは良かったが中途半端にローダーに載せられた状態で1人が逃走を図ったのだが、無茶な運転で道路反対側の街灯に思い切り突っ込み御用。
何でもここ周辺を荒らしていた窃盗団、しかも組織的な犯行だったので海外に密輸される前に多数の盗難車を押さえる事が出来、敏樹と勇次の珍しく正規な方法のお手柄になった。
金一封で懐も少々温かくなったところだが、被害に遭った販売店は頭を抱えていた。

どうも顧客からの預かり車だったらしく、ドアはベコベコになってしまいフロント部分も傷だらけ。
そのオーナーは販売店側のセキュリティの問題を指摘したらしく、同じ車種を新車で用意しろと無理難題を突き付けてきた。
もちろん販売店側はその要求に応じようとしたが、徐々に顧客の態度は悪化。
社外パーツをつけろだのなんだのと無茶苦茶な要求をされてしまう始末。販売店側もそれは出来ないと断ったのだがそれでも盗まれかけた上にボコボコにされてしまったのを相当怒っているようだ。

困りかねている販売員を見て勇次が間に入って当時の状況を説明したり、店側のセキュリティは問題が無かった事。
窃盗団がかなりの手練れでセキュリティを破る方法を知っていた事等を説明したが、オーナーとしては論破されてしまって面白くない。
だが食って掛かった相手が悪かった。
車を思うオーナーの気持ちも解っていただけになるべく穏便に済まそうと思っていたのだがついには勇次がキレた。

「オレをただのおまわりさんだと思うなよ」

敏樹が止める暇もなく怒り始めてしまったのを見てオーナーは完全に委縮。
販売店に無理難題を押し付ける事無く無事に?交渉成立をさせた。

これには販売店の店長はじめ担当の販売員も大喜びで勇次に大感謝した。
だが勇次には気掛かりになっていたことがあった。
工場の隅に追いやられたその被害車両である。

「あれって、どうするの?」

販売員に聞くと、苦々しい顔をした販売員がため息交じりに応える。

「事故車扱いで修理して売り出す事になりますね・・・幸いにしてフレームも無事でしたしパーツ交換だけでいいんですが・・・事故車ってなるとあのテの車はなかなか買い手がつかないんですよ」
「へぇ・・・幾らくらい?」

そこで勇次は嬉しそうに笑って販売員に聞いた。

「え、まあ・・・修繕費込みで大体このくらいにはなりそうですねぇ」

とメモを渡されてその金額を見てから少しだけ悩んだ。
だがにっこりと笑い、

「んじゃ、オレ買ってもいい?」

と言う。
突然の申し出に販売員は驚いた。

「いやさー、最近駐車場のある物件に引っ越して車欲しかったんだ。でもいいの見付からなくて。アレならオレ好みだし、色もいいし」
「しょ、少々お待ちください!!」

販売員は店長の元に急いで走り、提示した価格よりも更に値引いた状態での価格を出してくれた。
元のオーナーとの揉め事を纏めてくれたり、危うく盗まれるところを防いでくれたという恩もあるという。

確かに事故車ではあるがエンジンやフレームは全くの無傷であったし、凹んだのはドアだけで交換すれば全く問題はない。
傷が入ったフロントバンパーやボンネットは塗装なりパーツ交換なり、安く済む方法でいいという勇次の条件に販売店は大いに喜んだ。



機嫌良く乗り込んだ愛車のエンジンを掛ける。
スカイライン CV36 370GT Type-SはV6サウンドを響かせて眠りから覚めるが室内にはウィンドウを開けない限りはそれ程音は聴こえない。
3.7Lは少々やり過ぎかとも思ったが悪くは無い。パワーに余裕がある分余裕のある運転も出来る。
何より6MTという点が気に入った。カラーはブラック。
内装色も落ち着いた雰囲気で気に入っていた。さすが元々の値段だけあってかなり重厚感もある。
修理の痕跡も解らない程綺麗に仕上げてあるし、車内もかなり気合を入れて清掃してくれたようで使用感も無い。
走行距離も少なくほぼ「新古車」と言った具合だ。

少々タイヤ代が痛い出費だがそれを補う魅力は十分に持っている。

「さーて、何処いこっかなー」

ハンドルから伝わるエンジンのその鼓動を感じながら、あても無く何となく「こっち!」と決めて街を駆け抜けていった。