Story Of My Life Side-T phase-3

うとうとしていたところに広瀬がまたやってきて点滴を交換、薬を処方して再び帰って行った。
それから数時間後、眠ったまま息苦しそうにしている敏樹を勇次はただ黙って見詰め、時折絞ったタオルで額の汗を拭いてやったりなどしていた。

―――相当疲れてたんだろうなぁ・・・

何度目かもわからないため息がまた零れる。
ずっと目を覚まさない上に熱も全く下がらない。
広瀬には入院も勧められたがとりあえずはこのまま様子見をしたいと言って断った。
第一本人の了承も取れていないのだ。
しかし本人に了承を、といってもこの状況だ。いつ了承なんて取れるか解らない。

―――少しは・・・熱引いたかな?

敏樹の額に手をかざした瞬間だった。
全く身動きが取れなくなってしまった。
驚いて声を出そうとしたがそれすら出来ない。

―――何が起きたんだ!?

自分も疲労でどうにかなってしまったのかと焦り頭がフル回転するが相変わらず椅子から身を乗り出して敏樹の額に手をかざしている状態で身動きが取れない。
驚き戸惑っていると何かの気配を背後から感じた。
嫌なものの気配ではない。むしろ暖かい気配だった。
目線すら動かせない勇次にはそれが何かの確認もできない。
そして勇次の手に重ねるようにその何かは手を伸ばしてきた。
一瞬意識が遠退く様な感覚に陥り、そのまま視界は真っ白になっていった。

ホワイトアウトした視界に何かが見えてきた。

―――タカ?

それは敏樹のまだ学生時代の頃の風景だった。
グラウンドで誰かと話をしているようだ。
不思議に思いながらも勇次はそれに引き込まれていった。




「来年のキャプテンは間違いなくお前だからな」

先輩がそういうと照れ臭くなって笑った。

「でもオレに後輩達、着いてきてくれますかね・・・ちょっと不安ですよ」

そう言うと先輩はガハハと豪快に笑って、また豪快に自分の背中を叩いてきた。

「お前以外に誰があの連中を引っ張るんだよ。心配するな。お前結構慕われてるじゃねえか」
「そうですか?」
「そうとも。問題ねえよ。3年全員一致でお前にってなってるんだ。心配すんな!花園目指せよ!」

またドン、と背中を叩かれた。
嬉しかった。
今まで努力してきたのがこういった結果に結びつくのは正直嬉しい。
東京にあるとある高校のラグビー部に所属していた敏樹は部の次期キャプテンとして先輩達に指名された。
今年は後一歩のところで花園、全国大会に届かなかった。
責任は重大だ。だがやりがいは感じていた。

充実した毎日だった。
父のこと以外では。

敏樹の父はとある新聞社の社会部の敏腕記者としてそこら中を走り回っていた。
特に今年の冬からは汚職警官や暴力団関連のキャンペーンをすると行って取材旅行で家を空けることも多かった。
正直敏樹は父のそんな生き様を嫌っていた。
もっと家庭を大事にしてもらいたかった。
歳の離れた妹も父になかなか会えなくて寂しがっているのを知っていた。
母はどうなのだろうかと尋ねたこともあったが、母はただ微笑むだけで「あなたにもそのうち解るわ」と言うだけだった。

数ヶ月経ち、3年生も引退し正式に敏樹がキャプテンになった頃だった。
父の取材旅行に母も行くという。
というよりも敏樹がそれを勧めた。
たまには夫婦水入らずでのんびりしてくるといい、と。家のことは大体敏樹と妹で出来るし、たかが数日だ。
何も問題無い。
そう言うと母は嬉しそうに笑って父と共に旅立った。

それから数日経った日のことだった。
授業も終わり部活へと行こうとした敏樹を慌てて教室に戻っていた担任が呼び止めた。

「鷹山、今警察から連絡があって・・・お父さんとお母さんが旅先で事故に遭ったらしい」

最初は何のことか解らなかった。

「急いで家に帰るんだ。お前のお父さんと親しいらしい刑事さんが家で待っているそうだ」

しばらく呆然としていたが荷物を持ってそこからずっと走った。

―――親父と母さんが事故?一体何の?自宅に刑事が来てるって、どういうことだ!?

息を切らしながら街中をただひた走り、自宅前に着くと妹の美弥と中年の男が居た。
何度も会ったことがある人物だ。

「敏樹君。話は車の中でするから急いで乗って!」

言われた通りに急いで車に乗り込むと車は急発進した。

「湯川さん、どういうことなんですか?事故って・・・一体なんなんですか!」
「敏樹君、とりあえずちょっと落ち着いて!きちんと話すから」

湯川と呼ばれた男は父と交流のある刑事だった。
その湯川に掴みかかる勢いで事態の説明を求めたがそれを制された。
後部座席には今にも泣きだしそうな美弥が座っている。
それを見て一旦深呼吸をして再び湯川に問う。

「すいません・・・突然のことで・・・。それで、一体何が起きたんですか?」

湯川は話辛そうに眉間にしわを寄せたままだったが、ふぅっと一息ついてから話し始めた。

「事故というのは表向きの話でね・・・事件なんだ。お二人は・・・殺されたんだ・・・」
「・・・殺され・・・た・・・?」

あまりのことにパニックになりそうなのを抑えるので精一杯だった。
数日前、あんなに楽しそうに出て行ったのに。
土産は何が良いかとか、どこそこを周る話等沢山していた。
珍しく父もその時はいつものようなぶっきらぼうな顔ではなくガイドブックを読む母を優しく眺めていた。
これを機にもっと父にも家族に目を向けてほしい、そう思っていた。
それなのに。

目の前が真っ暗になった。

「嘘・・・だ・・・そんな・・・!」

作り話だ、と言いたかった。
作り話ならどんなに楽だろう。
だがそれはこれから始まる苦難の道の入り口でしかなかった。



車で数時間かかって両親が収容されたという病院に着いた。
病室に向かうことなく、地下の霊安室に案内された。
そこには二つの遺体があった。
足の震えが止まらない。
白い布で覆われていた顔。
身元確認のため、とその布を取られた瞬間、敏樹は膝から崩れ落ちた。
美弥は変わり果てた両親に泣きつき、ただただ涙を流していた。
敏樹はまるでそれを他人事のように見つめていることしか出来なかった。

「御両親で、間違いありませんか?」

現場に居た警察官であろう一人の男がそう尋ねてきて、ゆっくりと頷くことしか出来ない。
後のことはよく覚えていない。

両親は暴力団に雇われたチンピラによって銃で撃たれた。
取材も終え、温泉にでも行ってゆっくりしようと移動途中でのことだった。
犯人もその場で取り押さえられて逮捕。
自供した犯行理由は、ただ肩がぶつかったから。そう言いその他のことへの関与を否定した。
湯川が地元警察の刑事課長に裏があるはずだと抗議したが管轄外の刑事が何を言っても無駄だったという。
行き当たりの犯行。それで事件は解決とされた。
汚職事件のキャンペーンを大々的にやろうとしていた敏樹の父は一部の警察官からも暴力団員からも目を着けられていて常に危険な身の上だった。

敏樹がそれを知ったのは両親の死後、湯川からだった。
そしてチンピラを雇ったのは、銀星会という、この頃徐々に勢力を伸ばしつつあった暴力団だということ。
捜査をしない警察。
直接手を下さずにチンピラを雇った銀星会。
そして危険な身の上だったのも知らずに母に父と共に旅行へと勧めた。

自らも含めてその全てを敏樹は呪った。

葬式の準備等は父の会社の同僚や上司達と、母の姉である伯母に手伝ってもらった。
父の親戚とは疎遠になっていたので葬式にも来なかったらしい。
唯一交流があったのは伯母だけだった。

慌ただしく、しかし無事葬儀も終わったが問題は残された敏樹とその妹だった。
伯母が後見人として世話をしてくれることになった。
当たり前のように伯母は二人を迎え入れてくれた。
鷹山という姓は危険かもしれないから養子に、とも言ってくれた。

「伯母さん、オレはいいです。でも美弥は・・・美弥のことはお願いできますか?」

そう言って敏樹はそれを拒んだ。

そしてキャプテンになったにも関わらず退部し、猛勉強を始めた。
警察官になるために。
当然同級の部員や後輩達からも責められた。湯川にも止められた。
が、意思はもう固まっていた。
何を言われようと、どんなに責められようと、警察官になって、刑事になって両親の敵を討つ。
正当法で奴等を潰すまで絶対に立ち止まらない。
そう胸に決めて高校卒業と同時に伯母の家を出て、警察官としての一歩を踏み出したのだった。