Story Of My Life Side-T phase-4

ホワイトアウトしていた視界が少しずつ戻ってきた。
元通り、敏樹の額に手をかざした状態で、時間的にはほんの数秒の出来事だったようだが、何故相棒の過去を見れたのか、いや、見えたのかは謎のままだった。
だが何故見えたのか疑問には思わなかった。
不思議なことはこれが初めての体験ではない。
何度も「科学等では説明がつかない」ような経験はしていた。

―――タカ・・・お前も苦労したんだなぁ・・・

ただそんな思いだけが過った。

かざしたその手を見ると自分の手だけではない、何かうっすらと白い手が見えた。
細い女性のようなその手は勇次の背後へと延びていた。
少し驚いてその腕を辿っていくとすぐ横に人影が見えた。
回想で見た敏樹の母だった。
そして正面には少し強面な男性の姿。これも回想で見た敏樹の父の姿。
2人とも薄ぼんやりとしていたが間違いなかった。

―――うっそだろ・・・タカの両親の・・・幽霊!?

勇次は驚いてそのままその姿を見詰めた。
恐怖は無かったがとにかく驚いた。
それと同時に何故あんな回想が見えたのかが解ったような気がした。

「母・・・さん・・・?」

魘されながらポツリ、と敏樹がそう漏らす。
敏樹の母は微笑みを浮かべながらじっと敏樹を見詰めていた。

「狙われているのが解っていたのに・・・どうして・・・親父と、旅行なんて・・・」

薄く開いた目にその姿を見ると苦しそうに、悲しそうに母を問い詰めた。
母はそう言われて少し困ったような表情を浮かべた。
向かいに立つ父も悲しそうに敏樹と妻を見詰めていた。

言いたいことは山ほどあるのに、それを言葉にすることができない。
両親を恨んではいなかったが突然の出来事。
自然と流れ落ちる涙。
別れの言葉すら言うことの出来なかった後悔の念に押し潰されそうな毎日をただただ必死で生きてきた。

枕元に立った母は何も言わず、たが流れ落ちた涙を優しく拭い、再び額に手を当てた。
そのまま何も言わず、二人の姿は消えた。
勇次は呆然としていたが、最後に自分に向けられたであろう笑顔を見てからその姿を見送った。

何事も無かったかのように静かな室内に規則正しい寝息が聞こえる。
再び額に手を翳してみたがすっかり平熱に戻っていた。

―――うっそぉ・・・熱引いちゃったよ

まるで狐につままれたような気分だったが、時期を考えるとそういうこともあるような、と無理矢理納得させた。
そのまま眠りについた敏樹を見て、そっと寝室を後にした。



カーテンが勢いよく開いて差し込んできた朝日で目が覚めた。

「ユウジ、何でお前オレの部屋に居るんだ?」

すっかり回復した敏樹は既にシャワーも浴びてスーツに着替えていた。

「何でって・・・お前覚えてないのか!?」
「何が?」

敏樹は首を傾げて怪訝そうな顔をしている。

「何がって・・・お前なぁ、昨日すげー熱出してたの覚えてないのか!?」
「熱・・・?あれ?そういえば昨日の記憶全くない・・・な・・・」
「お前、熱出してぶっ倒れてたんだって・・・」

勇次が軽い頭痛を覚えて深いため息を吐いた。

「っていうかタカ!お前ちゃんとご両親のお墓詣りとか行ってるのか!?」

突然の勇次の問いに益々首を傾げて考え込む。

「言われるまでもなくちゃんと行ってるが?」

その時部屋の電話が鳴った。
敏樹は色々とぶつぶつ文句を言いながら受話器を取った瞬間、受話器からキンキンとした大声が聴こえてきて思わず受話器を耳から話した。

「朝っぱらからなんだよいきなり・・・」
『朝からも何からもないわよ!昨夜父さんと母さんが来たんだってば!!』
「・・・お前何ってるんだ?」
『たまには日本帰って来いって・・・兄さん何かしたの!?』
「何もしてねえよ。っていうかこれから仕事だから切るぞ」
『・・・何もないならいいわよ。でもちゃんとお墓参り行っておいてね!』
「解ってるよ美弥。切るぞ」

そう言ってガチャリと受話器を置いた。

「お前なぁ、妹さんだろ今の。少しは話しろよ・・・っていうかお前今日も休みだぞ」
「国際電話で幾らかかると思ってるんだ。っていうか何で妹のこと知ってるんだ?」
「ふふ、オレは何でも知ってるぞ、タカァ〜」
「朝っぱらから気持ち悪いな。って、今日オレ休みなのか?」
「あれだけの熱出してたんだ。広瀬が往診来たんだぞ?」

解らないことだらけだが、どうやら昨日の記憶が無いのもそのせいらしい。
確かにここ数週間溜まっていた疲労感はすっかり無くなり調子も良い。
柄にもなく昔の夢を見ていたのも何となくだが覚えている。
寝室に戻って枕元を見るとタオルや洗面器も、さらには点滴台も置いてある。
どうも解らないことだらけだが、勇次の言った通りならこれらの物が置いてあるのも筋が通る・・・が、どうも納得いかない。

「訳解らんことだらけだな・・・」
「まあ、色々あったんだよ」

勇次は昨晩のことを思い出す。
どうやら相棒のご両親は海をも超えていったらしい。
親というのは子供が幾つになっても親なのだということを思う。
夢と熱で魘されてたとは言え、両親に会えた敏樹が少しだけ羨ましかった。

「何、笑ってるんだよ」

気が付くとどうやら自然と笑っていたらしい。
怪訝な顔をして敏樹がそう問うと、勇次はソファから立ち上がった。

「とりあえず、今日は一日休んでろって。後で広瀬も来るだろうからな。往診代高くつくって言ってたぜ。じゃあな。オレは今日も出勤するぜ」

そう言って部屋から帰って行った。
そんな勇次を呆然と見送ってから、腕を組んでソファに座りこむ。

―――何が、何なんだ・・・??

疑問に思ったが妙に身体も気持ちも軽くなっていた。
窓を開けると熱気と少々湿った空気が入り込むがいい天気だった。

―――午後にでも墓参り、行くか・・・

そう思って煙草に火を点けた。